揺れる日本大陸とそれぞれの世界

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わたしは、タイヤの前にある木屑と土を木の枝ではらっていた。虫がまとわりついてくる。

クルマが動かない。いや、動いているが場所が変わっていない。タイヤがまわる。なぜ、こんなことになっているのか。

、、、、、

空は澄み、水はやわらかく、風が踊り、火は冷たく、地がほほえむ。

一度大きな揺れ、そして時流れ

人が感じる恐怖をまざまざと感じ

わたしは

六甲比命大善神社へ向かい、

瀬織津姫にあいにいった。

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人の感情とは浅いところで

それを潮干狩りのように出していく。

今まで人間に興味を持ち、揺らし、出させるようにしてきたのかもしれない。

そういえば、私は白樺をめざしていた。

それは、恐れであり、楽しみでもあった。

六甲の神社に着いた時に

感謝と見守っていてという願いを書いた。

その時、見守っててねと思うことも求めることだとはそこまで思ってなかったんだ。

見守ることは何もしない、ということではないもんな。

しかし、それは私の身がわたしという自分に求めていることだった。

その帰り、クルマは立ち往生してしまった。

スリップの繰り返し。押しても、引いても出れない。

瀬織津姫も元は人間だったんだ。架空なら、孤独はないし、お願いしようが何しようが、他にエネルギーを向けることはないだろう。

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神は人にも万物の中に宿るもの。

こんなことを

たまたまやん。って考えるもよし。

えー。こわーい。と感じるもよし。

起こっていることは、起こしていること。

それは私だけでなく、あなたも。

それを

こいつがこんなことするから、こんな目にあう。と少しでも感じる人がいれば、それは苦しみだろう。

すべては自身に起こっていることであり、自分を見つめることが大事だ。

その時、何を想うのか。

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カラダを認識するわたしを常に観察し

自分の中心を見つめる。

わたしの中心は常に美だ。

走り出したらとまるな。

振り返っても進め。

あれだけ、滑っていたタイヤは

前に進んだ。ありがとう。